様々なレジリエンスの見方
様々な困難に直面した時に、すぐに立ち直れる人とすぐには立ち直れな人。そうした立ち直れる力をレジリエンスという。
このレジリエンスについて、ハーバード・ビジネス・レビューで掲載されたものをまとめたのが本書。様々な角度や観点から述べられているので、レジリエンスに対する考え方が多角的に捉えらえるようになっている。
必ずしも専門家が寄稿しているわけではないが、一般的な読み物として、とっかかりによさそうだ。
レジリエンスと一緒に「やり抜く力(GRIT)」の概念も重要。
習慣化に対する考え方も参考になります。
心理学的なアプローチも参考になります。
[日本語版に寄せて]レジリエンスは関係性の中に宿る
岡田美智男
レジリエンスは、不運が重なり、心が折れそうになっても、何とか踏みとどまる力。
打たれ強さとか、挫けない精神。逆境から立ち直る「しなやかさ」のようなもの。
レジリエンスは「再起力」や「強靭さ」などとも訳されるけれど、私たち個人に備わった能力や資質として捉えてしまっていいものなのか。環境に対する適応力、そしてしなやかさ。
確かに個人の資質でもあるけれど、むしろ周囲との関係性の中に立ち現れる性質なのではないか。
実環境で生じるすべての事態に対して、あらかじめ備えておくのは現実的でない。さまざまな状況に適応したければ、作りこみを最小にして、多くは環境にゆだねる。
環境の変化を外乱として嫌うのではなく、むしろ拘束条件として利用する。
周囲の環境までも味方につけ、不確定な環境を織り込みながら、上手に折り合いをつけていく。
自らの中にすべてを抱え込むのではなく、シンプルなものに抑えつつ、周囲に支えてもらう。
こうした方略を「チープデザイン」という。
動物たちが生態系で生き延びていくための肝でもあった。
自分の力だけで何とかしなければというこだわりを捨て、周囲を味方にする。複雑な環境では、周到に準備されたプランはあまり役に立たない。柔軟性を削いでしまうようである。
依存先の分散としての自立の考えを唱える熊谷晋一郎氏によれば、自立するとは、誰の手も借りずに、一人で行えることではなく、むしろ依存先を増やし、分散させておくことである。
レジリエントな行動を生み出すのは、用意周到なプランではなく、多くの選択肢や運動自由度の存在、環境の変化も味方にする敏捷性にある。
1 レジリエンス(再起力)とは何か
ダイアン・L・クーツ 2002
レジリエンスとは創造力や宗教観と並んで、人間の根本において最も不可避なものである。
レジリエンスの研究は、ミネソタ大学の名誉教授・ノーマン・ガーメジーを先駆者として、20世紀半ばに始まった。
BPSIの元所長・モーリス・バンダーポルはホロコースト体験者を研究し、健康に支障をきたさずに強制収容所を潜り抜けた生存者に「プラスチック・シールド(盾)」と呼ぶ性質が備わっていることを発見した。
この盾はユーモアのセンスなど、いくつかの性質からなる。概してブラックユーモアであることが多いが、状況の全体像を把握するうえで有用である。
他の主な資質は、他者に愛着を抱く能力、暴力的な他者の侵入から自衛を図るような心理的機能である。
当初の理論では遺伝の役割が強調されたが、実証研究の多くが、レジリエンスは学習できることを示している。
レジリエンスの高い人は三つの能力を宿している。
- 現実をしっかり受け止める力
- 人生には何らかの意味があるという強い価値観によって支えられた確固たる信念
- 超人的な即興力
1 現実をしっかり受け止める力
「ビジョナリー・カンパニー」で知られるジム・C・コリンズがベトナム戦争で8年間虐待を受けたジム・ストックデール将軍に、最後まで耐えられなかったのは、どういう人かと尋ねたところ、楽観主義者だと答えた。レジリエンスの高い人は、生死に関わる現状について、冷静かつ現実的な見解を持っている。
2 人生には何らかの意味があるという強い価値観によって支えられた確固たる信念
現実を直視する能力は、②にも深く関係する。大事に遭遇した時でも何らかの「意味」を見出せる気質である。
レジリエンスの高い人は、自分自身や他者にとっての意味を見つけ、困難な状況を概念化しようとする。
ヴィクトール・E・フランクルが発見したロゴ・セラピーは人間性を重視した精神療法で、個人が人生に意義を見出すのをサポートするものである。
「どうしようもない状況にあっても、変えようもない運命に直面しても、我々は人生に意味を見いだせることを忘れるべきではない。」
フランクルの理論はレジリエンスを養うビジネスコーチングの基礎になっている。
置かれた環境から意味を見出すことがレジリエンスの重要な側面である。成功した組織や人々の多くが強い価値体系を持っている。
強い価値観は、出来事を解釈し、概念化するうえでの指針となり、それゆえに環境には何らかの意味が与えらえる。
フランクルが述べるに、収容所で生き残ったのは、遠慮会釈ない者だけだった。良識ある人は生き残れなかった。
組織の場合、組織が弱体化すると、レジリエンスの高い個人は、自らの生き残りを危うくするくらいなら組織を見捨てる。
3 超人的な即興力
手近にあるもので間に合わせる能力。
人類学者のクロード・レヴィ=ストロースの教えから、心理学者は「ブリコラージュ」と呼んでいる。
「すぐに回復する」という意味があり、レジリエンスの概念と密接に関係している。
一種の独創的な能力であり、必要なツールや素材が手元になくても、問題解決策を即興的に作り出せる能力と定義される。
ブリコラージュの能力を備えた人はガラクタを修繕するのが得意である。
本来の使用方法にはとらわれず、あるもので間に合わせようと、いろいろな使い道を試行する。
状況が不透明で、他の人が混乱しているような時でも、ブリコラージュ力の高い人は、可能性を想像しながら何とか切り抜ける。
レジリエンスの高い組織には、ブリコラージュの力を備えた人が多い。
ミシガン大学で組織行動学の権威であるカール・E・ワイク教授は次のように述べている。
「人間は、プレッシャーにさらされると、最もなじみのある行動へと回帰する。生存を脅かすような重圧の下では真新しい創造力など期待できない。」
2 日常的なストレスから身を守る簡単エクササイズ
ダニエル・ゴールマン 2011
レジリエンスを強化する方法は2つある。
1.内省すること
2.脳を再訓練すること
大きな失敗をして落ち込んでいる場合、心理学者のマーティン・セリグマンの「トラウマを糧にする法」を参考にするとよい。
内省して認知的介入を行い、楽観主義によって敗北者的な思考を解消し、悲観的な考えを止めて、将来を前向きにとらえるのである。
日常的に経験する些細なミスや挫折や動揺から立ち直るにはどうしたらよいか。
この場合は、脳を再訓練する必要がある。
気が動転しているときは、後で後悔するような言動をとってしまう。これは偏桃体が危険を察知して闘争・逃走本能を誘発する脳のレーダーが前頭前野にある遂行機能を乗っ取たことを示す確かな兆候である。
この乗っ取られた状態をすぐに解消することがレジリエンスにつながる。
効果的なことの一つが「マインドフルネス」である。
①数分間一人きりになって集中できる静かな場所を見つける。
②ゆったりと座り力まずに背筋を伸ばす。
③呼吸に意識を集中させる。吸う感覚、吐く感覚をしっかりと意識してから、次の呼吸を始める。
④呼吸がうまくできているかを気にしない。呼吸法を変えようとしないこと。
⑤意識に侵入し、集中を阻むような、思考や音などをやりすごして、呼吸に集中する。
最大の効果を上げるためには、メンタル・エクササイズとして習慣化し、毎日20~30分かけるとよい。
重要なのは、日々の習慣としてエクササイズの時間を確保すること。
3 自分のレジリエンスを評価、管理、強化する方法
デイビッド・コパンズ 2016
レジリエンスは測定できる。では、どうすればよいか。
ポジティブなコミュニケーション、出来事、記憶など、レジリエンスを高めることに根差した「ポジティブ通貨」を使うことである。
カリフォルニア大学デイビス校のロバート・エモンズとマイアミ大学のマイケル・マッカローらの研究から、
個人の幸福と人生の満足度を高める最も確かな方法の一つは、感謝の念であることを明確に示している。
感謝によってポジティブ通貨を作り出していけば、不安は軽減され、病気の諸症状はやわらぎ、眠りの質は改善される。
それらすべてが個人のレジリエンス向上につながる。
ポジティブ心理学の始祖であるペンシルバニア大学のマーティン・セリグマンによると
ポジティブなコミュニケーション、出来事、記憶は文字に書くことによって、書かなかった場合よりも大きな効果を生むことが分かっている。
したがって、ポジティブ通貨の「取引記録」をつけよう。
ハーバード大学のニコラス・クリスタキスとカリフォルニア大学サンディエゴ校のジェイムズ・ファウラーは、
幸福は自分自身の選択や行動だけで決まるものではなく、二次ないし三次離れた間接的関係にある他者からも影響を受けるということを突き止め「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」で論じた。
自分がポジティブになると、他者にも同じ態度を促すことになる。すると多くの人がポジティブ通貨を生み、使うことで、ポジティブフィードバックループが生まれる。
それらの人々の行為によって、自分自身のレジリエンスも増強されるのである。
レジリエンスのある個人は多様なポジティブ通貨の源泉を保有する。
豊かな実りをもたらす資産は、仕事以外にあることが多い。起きている時間の大半を仕事に費やしているが、けっして仕事をポジティブ通貨の主要源泉にしてはいけない。
ブラックホーク・エンゲージメント・ソリューションズの2015年のレポート「幸福の研究」によると
幸福度を決定する12の要因について調べたところ、仕事は8番目に過ぎなかった。
上位には家族、友人、健康、趣味、コミュニティが並んだ。
フェイスブックのデータサイエンティストが実施して米国科学アカデミーの紀要に発表された2014年の実権によると
自分の「ニュースフィード」にポジティブな記事が並んで入れば、その人自身も前向きになる。
4 人生の悲劇から立ち直る力
シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント、アディ・イグナティウス 2017
レジリエンスは生来決まった量が備わっているわけではない。
私たち自身や子供たち、組織、コミュニティが育めるものである。
どんな企業でも、立ち直るまでに嘆き悲しむための時間的猶予を与えることが重要。
職場に復帰した暁には、従来通りに仕事で貢献できることに気づいてもらうこと。
病気だから、絶望しているからといって、見切りをつけないことが重要。
悲劇をなかったことにはしない。誰もが目をそむけたくなる痛ましい悲劇が間違いなく存在していたことを認める。
ここで扱うテーマはグリーフ(悲嘆)を超えるものである。
誰もが直面する不運であり、誰もが対峙の恐れのある難局である。
そうした試練を乗り越える力、時にはひたすら耐え抜く力をどう見出すか。
ビジネスの場では、失敗から学ぶことが最も効果的である。
レジリエンスを身につける方法は、至難の業であっても、自分の過ちに向き合うことである。
だが、失敗を上手くいかせないのは、自尊心のせいである。
組織においてはリスクを恐れずにそれを背負い、間違いについて率直に話せる土壌があって、善意のミスを罰しない環境が必要である。
個人のレジリエンスを養う方法として、定期・不定期にかかわらず、休憩して何もしない時間を設けることや、デジタル機器から離れることを推奨する論文がある。
カリフォルニア大学デイビス校のキンバリー・エルスバックの研究によれば、
従業員を休息させるうえで、きわめて有効な方法は、頭を使わない単純作業を課すことである。
機械的な作業はいったん頭を空っぽにできるので、物事を創造的に考えることができるようになる。
5 レジリエンスに必要なのは、忍耐ではなく回復のための時間
ショーン・エイカー、ミシェル・ギラン 2016
回復に必要な時間を十分にとっていないことこそ、レジリエンスを高めて成功するための能力を著しく損なう原因である。
回復時間の不足と、疾病や事故の増加との間には直接的な相関があることが判明している。
オーバーワークと疲労はレジリエンスの対極にある。
レジリエンスを良好に保つカギは、全力を注ぎ、その後に停止し、回復を図り、再び全力を注ぐというサイクルである。
生物学には、健康を継続的に回復・維持しようとする脳の機能「ホメオスタシス(恒常性)」という基本概念がある。
働きすぎで身体のバランスが崩れると、人はそれ以上前進するために必要なバランスを取り戻そうとして、メンタル的にも身体的にも膨大なリソースを消費することになる。
ジム・レイヤーとトニー・シュワルツが書いているように
パフォーマンス領域(全力を発揮している状態)の時間が長すぎる人は、リカバリー領域(回復している状態)の時間をもっと増やさなくてならない。
そうしなければ、燃え尽きのリスクが高まる。
どうすれば疲労を取り除き、レジリエンスを身に着けることができるだろうか。
作業をストップしても、ベッドに何時間も横たわっていても関係がない。「休息」と「回復」は別物だからである。
就業内回復:就業している時間に行う短時間のリラクゼーション。定期・不定期に短い休息をとり、その間に意識を変えたり、他の作業をしたりすること。
就業外回復:仕事から離れたところ(終業後の自由時間、週末、祝祭日、長期休暇など)で行う回復のための行為。
真剣にレジリエンスを身に着けたければ、仕事からの離脱を戦略的にやってみることである。
就業内回復と就業外回復の時間を確保する工夫をして、自分を強くするためのリソースを自分に与えることである。
6 リーダーのレジリエンスを高める4つの戦略
ロン・カルッチ 2017
①自分のスキルを正当に評価する
②八つ当たりはできるだけしない
③非現実的な期待を順送りにせず、押し戻す
④アンビバレンスに陥ったときは、原点に立ち返る
7 地に堕ちたリーダーはいかに復活したか
ジェフリー・A・ソネンフェルド、アンドリュー・J・ウォード 2007
その座を追われたリーダーの復活を阻むものは何か。
立ち直れないリーダーは自らを責める傾向にあり、将来に目を向けるよりも、過去に引きずられることが多い。
自らのキャリアの挫折はおのれの責任であると考え、自ら張り巡らせた心理的な網に絡まる。
こうした傾向は、善意の同僚、家族や友人によって、ますます強化される。
人類学者のジョセフ・キャンベルは「千の顔をもつ英雄」で、世界中の文化圏における偉大なリーダーたちの物語は、時代を問わず、本質的に英雄伝説であることを示している。
リーダーが意図して対策を講じるなら、必ずや悲劇を克服できる。
戦うのか、あきらめるのか、の判断を下るのが必要であり、自身の評判に及ぼす影響、または潜在的な影響について考えるべきである。
自分の評判を回復させるためには、何よりも支援者を集めることが欠かせない。
失敗から立ち直る
- 失敗は始まりであり、決して終わりではない
- 将来を見据えよ
- 周囲から力を貸してもらえるようふるまう、どのような助けが一番ありがたいかを知らせる
- 自分の物語をよく理解しておくこと
第2幕をいかに始めるか
- いかに反撃に転じるかを決める
- 支援者を募る
- 英雄的地位を取り戻す
- 真実の勇気を示す
- 英雄的使命を実現させる
8 フィードバックで受けたショックから立ち直る方法
ジョセフ・グレニー 2019
批判的なフィードバックがトラウマ的に感じられるのは、根本的な心理的ニーズ、つまり、安全(身体的、社会的、物質的な安心感)と価値(自尊心、自己愛、自信)を脅かすからである。
批判から立ち直るレジリエンスは4つの対策がある。
頭文字をとって「CURE(キュア)」と呼ぶ
- 落ち着く(Collect yourself)ゆっくり深呼吸をすると、自分は安全なのだと思い出すことができる
- 理解する(Understand)好奇心を持ち、質問をして、事例を聞く、そしてひたすら耳を傾ける
- 回復する(Recover)会話から抜けるのがいちばんいいことが多い。
- 関与する(Engage)自分が言われたことを分析する
9 キャリアの成功に欠かせないレジリエンス「三つの要素」
ローラ・モーガン・ロバーツ、アンソニー・J・メイヨー、ロビン・イーリー、デイビッド・トマス 2018
- 感情的知性(EI)
- 自分を偽らない(オーセンティシティ)
- 敏捷性(アジリティ)
①感情的知性(EI)
自分の感情を管理して、調整する能力。
直情的な反応をするとキャリアを台無しにしかねないので、気持ちを我慢し、慎重に考えて建設的な方法で反応する手段を編み出す。
②自分を偽らない(オーセンティシティ)
自分はどういう人間であるかという個人的な意識と、外部への表現の仕方を一致させること。
積極的に自己のアイデンティティを形成し、自分を偽らない方法でそれを示すことができることである。
③敏捷性(アジリティ)
常に障害や妨害にうまく対峙し、素早くチャンスに転換する能力である。
この三つのスキルに加えて、成功に必要なのは、これらの重要なスキルを誰かが認識して、尊重してもらう必要がある。
人間関係を育むこと、肯定的な環境を形成することの重要性が指摘されている。