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教育のパラダイムシフトをもたらす技術や考え方

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目新しい内容ではないです。誰かが、必ず書いている内容ですので、単なるまとめ記事です。

ただただ、子供たちが、時間を気にせず、場所も気にせず、人も気にしないで、必要かつ十分な、個人に合わせた教育が受けられればいいと願っています。

素朴な疑問

現時点の技術で実現できることが数多くあります。技術的な問題よりも、制度や現場がボトルネックになりつつあるようです。

学校という物理的な場所は必要でしょうか?

学校/校舎というのは必須ではないと思いますが、便利だと思います。

しかしながら、好きな場所で教育を受けられる技術があるのに、それを活用せず、認めず、検討しないのは、もったいないです。

学校では経験できない体験をするための機会があるのに、その機会を失うことになります。

例えば、農業体験など、季節が大きく影響する仕事は、体験できるタイミングが重要ですが、物理的な校舎への通学が前提になってしまいますと、せっかくのチャンスを逸することになります。

学校の始業時間、就業時間は必要でしょうか?

子供によって、朝に強い子/弱い子がいます。

また、年齢によっては生理学的に、朝は弱い世代もいます。

それを十把一絡げで同じ時間に教育することに意味はないと思っています。

特定の先生に教わる必要はあるでしょうか?

教えるのが上手な人から教わってほしいと思っています。

例えば、受験予備校のカリスマ的な講師の映像の方が、学校の先生よりもはるかに教育効果が高いのではないでしょうか。

自分で調べるのが好きな子は、時間的な制約を受ける授業よりも、タブレット学習の方がいいのかもしれません。

中室牧子氏の「「学力」の経済学」によると、教員免許の有無による教員の質の差はかなり小さいというのがコンセンサスだそうです。

そして、教員の質は子供の将来に大きな影響を与え、下位5%に位置する教員を、平均的な教員に置き換えるだけで、子どもの生涯収入の現在価値を、学級あたり2500万円も上昇させるそうです。

では、教員の質を高めるにはどうしたらよいでしょう。

教員研修などで教員の能力を高めるのが良いのか。それとも、そもそも能力の高い人を教員として採用することができるようにすべきなのか

正解は、後者。そもそも能力の高い人を教員として採用することができるようにすべき、だそうです。

教員免許は教育の質を担保しているわけではないのです。

運転免許が、自動車を運転するのに最低限必要な知識と技能を保証してだけで、運転が上手いことを担保しているわけではないのと同じということです。

小学校から大学までを単位制にしてはダメでしょうか?

習得には個人差があります。得意/不得意もあります。

一律で進む授業というのが、そもそも無理があります。

一方で、文科省は、科目ごとに到達目標を設けています。ならば、その目標に到達すれば良いわけです。

到達したら、単位を与える。それだけのことです。

文科省の決意表明

いまの日本のICT教育、おかしいです

2020年6月1日の下記の記事は、衝撃的でした。

文部科学省の課長が苦言「いまの日本のICT教育、おかしいです」(FRaU編集部)
5月11日に公開された文部科学省の「学校の情報環境設備に関する説明会」と題してライブ配信されたYoutube動画に対し、現場の教員たちから「よくぞ言ってくれた!」「素晴らしい!」と称賛の声が集まっている。この動画から明確にわかるのは、「現場の教員がICT教育をやりたいと言っても潰してきた人たちがいた」という現実だ。どの...

文部科学省の課長が苦言「いまの日本のICT教育、おかしいです」

5月11日に公開された文部科学省の「学校の情報環境設備に関する説明会」と題してライブ配信されたYoutube動画に対し、現場の教員たちから「よくぞ言ってくれた!」「素晴らしい!」と称賛の声が集まっている。

この動画から明確にわかるのは、「現場の教員がICT教育をやりたいと言っても潰してきた人たちがいた」という現実だ。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72974

勉強会などで多く聞かれたのは「ICTを取り入れようとしても管理職から潰されてしまった」という悲鳴のような声だった。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72974

ICTやオンライン学習というのは学びの保証に、当然ながら大いに役立つものです

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72974?page=4

『いや一律ではないからだめなんだ』というのは、やろうという取り組みから残念ながら逃げているようにしか見えません。(中略)是非、できることから進めてください。既存のルールにとらわれずに、臨機応変に

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72974?page=4

世の中が変わりました。GIGAスクール構想、新型コロナウイルスの感染症対策で世の中変わりました。ICTを使おうとしない自治体さんに説明責任が生じてきます。

文部科学省に対してではありません、全国の地元の自治体のお子さんがたに『なぜ使わないのか』という説明責任が生じるんだよということを、是非ご理解をいただいて、進めていただく必要があります

(中略)

一般社会から見たら、教育のICT環境、ものすごく遅れています。私も教育担当して驚いています。みなさまもおかしいんだ、いまが間違っているのだとご理解いただいて是非対応してください。やろうとしてすすめられないんだったらご連絡ください。
やろうとしないということが一番子どもにとって罪だと思います

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72974?page=5

パラダイムシフトに対応できない教育者はご退場ください、と文科省が述べたことに、大きな意味があります。国はパラダイムシフトを求めているのです。

With コロナ/ After コロナ時代の大学教育の創造

2020年6月24日に文部科学省は高等教育に対しての、事実上の方針転換を目指すことを表明しました。

「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)~ With コロナ/ After コロナ時代の大学教育の創造~」の実施について:文部科学省

「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)~ With コロナ/ After コロナ時代の大学教育の創造~」の実施について

大学(短期大学及び高等専門学校を含む。)の教育、とりわけ授業に焦点をあて、デジタル技術を上手に活用した特色ある優れた教育取組のアイデアを、大学教員やデジタル技術者(企業)が協働で、教育現場で実践、試行錯誤、普及・実装していく取組です。学修者本位の大学教育を実現するため、サイバーとフィジカルを上手に組み合わせて授業の価値を最大化する、「大学教育のデジタライゼーション」を目指します。

「大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ(Scheem-D)~ With コロナ/ After コロナ時代の大学教育の創造~」の実施について

キーコンセプトはいくつかあります。

MOOCsとAIによる質疑応答のみにより、高い学修到達度を達成(実証・実装) できる授業

VR(Virtual Reality)、AR(Augmented Reality)を用いた実習により、 現場実習、実験に近い経験を行える授業

アバター等を用いて学生同士の学びの場を創出、自主的な学びをい誘導する取組 将来的には、人間拡張技術(Human Augmentation)の活用なども 個別最適化の学び(Adaptive Learning)の実現

重要なのは、

目 的 ≠ デジタル技術を用いた授業をすること
目的 = デジタル技術を上手に活用して、圧倒的に高い学修到達度 の達成や、自発的な学び・気づきの効果的な誘導、現場実 習・実験に近い経験の機会確保など「授業の価値を最大 化」すること

大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ

これまで文部科学省は対面授業での教育を前提にしてきていましたが、初等教育に続いて、高等教育においても、対面授業ありきの方針を転換しようとしています。

アダプティブ・ラーニング

Adaptive Learningとは個別最適化の学習です。究極的には、学ぶ人に応じたフルオーダーメイドの教育を提供する考えと言って良いでしょう。

効率的な習得方法は、人によって異なります。人から聞くのがいい人もいれば、自分で調べるのがいい人もいます。

そして、教育方法も様々にあります。最適な教育方法が一つだけでしたら良いのですが、様々な考えや経験、エビデンスに基づいて、百花繚乱の如く教育手法が提起されます。

こうなると、何がその人にとって最適なのかがわかりません。

しかし、現在では技術の進歩で、様々な教育手法を提供できる環境になりました。

ビッグデータとAIによって、その人に最適な教育方法が提供できる環境が整い始めています。

インプット(教える技術)

教える技術は様々あります。

ダイレクト・インストラクション(Direct instruction=DI)

I・エアーズ氏の「その数学が戦略を決める」にも書かれている手法です。

教師を脚本に従わせる手法です。そこに教師のオリジナリティが入る要素はありません。むしろ入れてはいけないのです。

DIの有効性についての証拠は一九六七年までにさかのぼります。

DIの有効性は圧倒的です。

読み、書き、算数、全てにおいて他の教育手法に勝り1位となりました。どんなモデルもDIに及ばなかったのです。

また、高次の思考力を要求される問題にも対応し、行間を読む能力にもたけていました。

つまり、いかなるモデルよりもDIに任せた方が、発想力豊かな子供になるということなのです。

DIのもっともすぐれているのは、誰にでもできるということです。

なぜなら、DIの授業は完全にマニュアル化されているからです。

マニュアル通りに動けば済むうえに、生徒の成績もあがる技法ですが、現場の教育者からは猛反発を食らいました。

教育を教師不要にしてしまうからです。

ですが、教師が不要になることに、何の不都合があるのでしょう?

教師は教えることから解き放たれて、別の役割を担えばいいのです。

学びのゲーミフィケーション

ゲームの要素を取り入れることで、効率的に学ぶ方法や、興味を惹きつける方法が研究されています。そうした記事の一つです。

ゲームによる学習は効率的で身に付きやすい

ゲームによる学習は効率的で身に付きやすい
学習に特化したゲームから娯楽のゲームに散りばめられた知識まで、ゲームで何かを学ぶという機会は少なくありません。そのように「ビデオゲームで学習する」ということは普通に教育として学ぶよりも効率的で身につきやすいというアイデアを、データ分析企業Palantirで生物医学のエンジニアを務めるNabeel Qureshi氏が記述...

アウトプット(測定方法)

測定、つまりはテストですが、様々な方法があります。

CBT

Computer Based Testing(CBT)では、試験を全てコンピュータ上で行います。

場所や時間を選ばないメリットがあります。

知識の習熟度を測るだけであれば、最も効率的な方法の一つと考えられます。

懸念される不正も、何十万/何百万のパターンを用意することで、かなり抑止できます。

教諭/教師に求められる役割

アンジェラ・ダックワース博士の「やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける」によると、教師にも賢明な教師、寛容な教師、独裁的な教師、怠慢な教師がいることがわかったそうです。

どんな教師よりも生徒の学力を伸ばすだけなく、生徒の満足度を高め、勉強に対する積極的な取り組みを促し、将来に大きな希望を抱かせるのは、賢明な教師でだそうです。

ちょっとした短いメッセージでも、相手のやる気を高めることができることも研究で明らかになっているといいます。

教わりたいのは、賢明な教師からです。他の教師は教育の現場からご退場頂く時代が来るのかもしれません。

教えるという仕事が、教諭/教師の仕事として比重が少なくなったら、どうなるでしょう。教諭/教師は不要になるのでしょうか?

いえ、そうではなく、役割を変えれば良いだけだと思います。

示唆に富む記事

無慈悲に進むローエンド型の破壊的イノベーション

【今日から使えるロジカルシンキング】「やはり対面が一番」の裏で無慈悲に進むローエンド型の破壊的イノベーション
第30回低性能と低価格で市場を破壊するイノベーションとはコロナの影響による学校や学習塾の閉鎖によって「オンライン学習」が注目を浴びるようになりました。YouTu…

クレイトン・クリステンセン教授の「破壊的イノベーション」を引き合いに出した記事です。

「破壊的イノベーション」には2種類あります。

(A)市場がないと思われていた分野に需要を生み出して、既存市場を侵食する

(B)「性能が低くて安い」と思われていたものが、その低価格とシンプルさで、「過剰なサービス」で溢れる既存市場を侵食する

「やはり対面が一番」の裏で無慈悲に進むローエンド型の破壊的イノベーション

ここで考えないといけないのは、2番目の方だと言います。

なぜか?

わたしは、コロナによる強制的なオンライン授業から解放された先生たちの声を聞いていると同じような破壊的イノベーションが近づいているのを強く感じます。「私たちのサービスはオンラインなどには代替できないものだ」という思いは理解できます。しかし、

「オンラインでも十分だな」

という気づきが生まれ、既存のサービスから離れる層が相当数出てきます。そして、そこからいつのまにか

「オンラインのクオリティが急激に高まる」

というフェーズがやってくるのです。

「やはり対面が一番」の裏で無慈悲に進むローエンド型の破壊的イノベーション

「急場凌ぎ」の低い性能、つまりローエンド型の解決策がいつのまにか既存市場を破壊する可能性も大いにあります。既存プレイヤーが安心している足元で恐ろしいほどに静かに、無慈悲に進むのがこのローエンド型破壊的イノベーションの怖いところです。そして、破壊されるまで「状況を認めたくない」という思いも強いのが難しいところです。

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