2010年代半ば頃から、労働市場で人手不足が深刻化し、それに伴って賃金上昇の動きが広がってきました。
これは、日本銀行による大規模な金融緩和や、政府の財政出動が影響している可能性がありますが、根本には人口減少や高齢化といった人口動態の変化があるはずです。
デフレ下で企業が最も警戒したのは、人口減少による国内市場の縮小に伴う需要不足の深刻化でした。しかし、多くの地域や業種で、需要不足が深刻化することにはなりませんでした。
それよりも、医療・介護などを中心にサービス需要が多くあるにもかかわらず、人手が足りないという供給の問題が浮き彫りになってきています。
プロローグ――人手不足の先端を走る地方中小企業の実情
プロローグで紹介するのは、山形県酒田市における4社の企業の実情です。
- 大井建設(建設業)
- セキュリティ庄内(サービス業)
- 両羽商事(卸・小売業)
- 平野新聞舗(卸・小売業)
このプロローグで印象的なのが、株式会社平野新聞舗代表取締役社長の佐藤一則氏へのヒアリングです。
私は市のインフラを検討する委員もやっているのですが、区部なんかはたとえば昔は200人いた地域が、いまはもう5人になってしまっているところなどがかなり出てきています。こういった地域に水道なんかのインフラを維持・修繕、または新調したりすべきかという議論をしています。市役所は議員の票の問題もあるからか無理だとは言わないのですが、誰かがもうできないんだと言わないといけないと私は思っています。ビジョンを持ったリーダーがコンパクトシティを目指すんだと、思い切ってやらないと地域全体が共倒れになってしまいますよ。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p34-35
第1部 人口減少経済「10の変化」
変化1 人口減少局面に入った日本経済
本書は、人口動態の変化を出発点にしています。
さまざまな経済指標の中で最も精度が高く予想可能であり、かつ、最も影響力が大きいと考えられるのが人口動態の変化だからです。
人口が減り始めたのは2000年代後半以降であり、人口は今後加速しながら減少していきます。
変化2 生産性は堅調も、経済成長率は低迷
他国と比べて、日本の経済成長率が低いのは、労働生産性の低迷が原因ではありません。主要因は総労働時間の減少にあります。
他国と違って、この10年で労働力が減少したのは日本だけです。他国と比べて、この10年ほどで0.3%減になっています。
近年は女性や高齢者の労働参加が進んでいますが、今後は就業率の上昇だけでは労働力の減少を十分に補うことは難しくなっていきます。
人口が増加すれば労働投入量が増えますが、日本は労働力人口の減少や高齢化などで労働時間が短時間化しています。
そのため、総労働時間数は持続的に減少していくと予想されます。
人口を増やす方策として、欧州などでは移民の受け入れを積極的に展開して来ましたが、ここにきてひずみが拡大してきています。
安易な移民受け入れ政策への転換は、かなり危険です。
移民受け入れは、働き盛りの人口を増加させることを通じ、その国の経済規模の拡大に大きなインパクトを与える。実際に、欧米における過去の移民の積極的な受け入れは、その国の経済にとっての成長戦略になってきたと考えられる。しかし、ここにきて多くの国で移民問題は国家を二分する問題にまで発展し、これまで行ってきた移民受け入れ拡大政策のつけを払わざるを得ない状況に局面は変わってきている。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p57-58
変化3 需要不足から供給制約へ
人手不足が深刻化しているのは、人が体を動かして行う仕事です。
たとえ定型的なものであったとしても、機械に代替する障壁が高い分野なのです。
一方で、定型的な事務作業は、ITシステムの導入などによって効率化が行われてきたとみられます。製造業でも産業用ロボットの普及などによってファクトリーオートメーションが大きく進展しています。
ですが、介護や建設、運転などの身体的な作業を伴う仕事は、人手に頼る必要があり、今の技術水準では、資本コストに見合うだけのパフォーマンスを発揮できるロボットは多くありません。
結果として、ホワイトカラーの仕事は人余りが発生し、身体的な作業を伴う仕事は人手が大きく不足する事態になっています。
人は高齢になるほど人手を必要とするサービスをより多く需要するというのが重要なポイントです。
エッセンシャルワーカーと言われるような現場の仕事に従事する職種で人手不足が深刻化しているのである。このように、ハイスキルワーカーとエッセンシャルワーカーが不足し、事務職など中間的な仕事で人余りが発生している「労働市場の二極化」は、世界的な傾向として指摘されている。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p62-63
変化4 正規化が進む若年労働市場
1990年代後半から2000年代にかけて非正規雇用が問題になりましたが、現状は大きく変わり、正規の職がないから非正規雇用を選ぶということではなくなってきています。
非正規雇用者の処遇改善が進んでおり、正規雇用者よりも非正規雇用者の方が賃金上昇のスピードが速くなっています。
変化5 賃金は上がり始めている
厚生労働省の「毎月勤労統計調査」から、実質の年収水準が1996年にピークをつけた後、2023年まで長期的に低下していることが分かります。これは国際比較をしても同様です。
しかし、働き方の変化もあり、今では新入社員であっても長時間残業をしてまで働く人は少なくなっています。
そのため、年収水準で比較するのではなく、単位労働当たりの賃金である時給で考えるべきです。
本書で賃金について言及する際には、基本的には時給水準を指すことにまず留意をしておきたい。実際に、FRB(連邦準備制度理事会)の政策決定に大きな影響を及ぼし、世界のマーケット関係者に最も注目されている統計である米国雇用統計は、平均時給を賃金指標のヘッドラインとして用いている。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p83
各種メディアで報道される現金給与総額だけを見ると、賃金の趨勢を見誤ってしまうということです。
下記で指摘されていることは大変重要です。
メディアで報道される現金給与総額だけで判断してしまっていると、経営判断を誤ることになります。
地方や中小企業の経営者などからは、人口減少と少子高齢化に若者の都心流出が拍車をかけ、近年はとにかく人が採れないと話を聞くことが増えた。しかし、人が採れないという言葉の裏には異なる意味が隠されている。多くの経営者が言う人手不足とは、従来通りの賃金水準では人が採れなくなったという側面が強い。過去、報酬を引き上げないでも容易に人手を確保できた状況が長く続いてきたなか、賃金を上げなければ人が採れない現在の労働市場の構造は経営者に不都合な現実として立ちはだかっている。
市場メカニズムを前提とすれば、特定の地域や業種で人手不足が深刻化すれば、人員を確保するために、企業は否が応でも賃金を引き上げざるを得なくなる。実際に、地方の中小企業のほとんどは人員確保が事業継続の死活問題となっており、より良い労働条件を提示するための経営改革に迫られているのである
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p91
深刻化する人手不足のおかげで、人が安すぎた時代は、着実に終焉に向かっています。
変化6 急速に減少する労働時間
長い間、日本は国際的にみても労働時間が長い国でしたが、日本人の労働時間は長期的に減少を続けてきています。国際的にみても日本の労働時間の減少は際立っています。
一つには、過去より余暇に時間を使う方が自身の幸せになるという考えがあると思われます。
そして、より短い時間でそれなりの報酬を得たいという人が増えたため、労働時間が短い労働者の数が増加しているいます。
将来的には、高齢者など短時間しか働けない人はますます増える。長時間働ける労働者が急速に減少する中で、企業はこうした人たちに活躍してもらわなければ人員確保がままならなくなっていくだろう。そうなれば、これからも企業はタスクを細分化させ、短時間労働で働きたいという労働者の希望を叶えるように業務を再構築せざるを得なくなる。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p102
変化7 労働参加率は主要国で最高水準に
日本は、全員参加型経済への移行し始めています。
これまで周縁労働者と考えられてきた女性や高齢者の労働参加が急速に進んでおり、この急速な労働参加の拡大が賃金の動向にも大きな影響を及ぼしてきたと考えられます。
一方で、年収水準が低い労働者が増えているというデータがあります。
これをどう解釈するのかですが、さまざまなデータから、下記の理由でかなりの部分が説明できます。
- 女性や高齢者が労働市場に急速に参入してきたこと
- 労働時間が短くなっていること
- 自営業者として働いていたような人が雇用されて働くように変なったころ
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から性・年齢別の年収水準を取ると、女性や高齢者の賃金は全体平均よりかなり低くなっています。
将来、労働参加が限界まで拡大し、就業率が天井を迎えたときには、いよいよ賃金が上がっても労働供給量が増えない局面が訪れることになるはずだ。生産年齢人口が急速に減少する一方で医療・介護需要が増え続ける未来において、日本経済は労働供給が賃金に対して弾力性を失う局面をおそらく経験することになる。そうなれば、賃金上昇率はこれまでよりも加速することになるだろう。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p110
変化8 膨張する医療・介護産業
産業構造は、経済の発展段階に応じて変化する。近年の日本の産業構造の変化で最も影響が大きなものは、医療・介護産業の拡大であり、医療・介護産業はマクロの市場の需給に大きな影響を及ぼしている。産業構造の変化に焦点を当て、日本経済の構造がどのように変化しているかを探る。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p112
医療・福祉産業の就業者数の増加は衰えていません。この10年間で年平均2.1%伸びています。
このペースいけば、2030年には医療・福祉産業が日本で最大の雇用を抱える産業になります。
しかし、と続きます。
経済成長には需要の喚起が重要だと考えるのであれば、医療・介護産業は日本経済をけん引している産業だと捉えることができるだろう。しかし、経済成長には供給能力の強化が不可々だという考え方に従えば、生産性が上昇しないまま膨張する医療・介護産業を評価することはできない。
こうした観点でみれば、過去のように人手がいくらでも余っていた時代であれば、膨張する医療・介護産業は労働市場のスラック(需給の緩み)を埋めてくれる貴重な産業であったといえる。しかし、人口減少経済ではそうはいかない。希少な労働力を企業が奪い合う未来においては、各業界で限りある労働力を有効活用する取り組みが求められる。これからの時代においては、需要を喚起することよりも供給能力を強化することがより重要になるのである。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p119-120
変化9 能力増強のための投資から省人化投資へ
国際収支は、発展段階説が広く知られています。
- 経済が未成熟の段階:自国の生産能力が低く、物資を輸入に頼らざるを得ない → 貿易収支が赤字、賃務が拡大
- 経済が発展していく:安い労働力を活用して輸出産業が成長 → 貿易収支が黒字
- しばらくは貿易収支や所得収支の黒字幅拡大が続く → 債権国に移行
- 高齢化や賃金上昇などに伴って生産拠点としての国際競争力が低下 → 債権を取り崩す段階へ移行
上記に従えば、日本は成熟した債権国の段階にあると考えることができます。
こうした成熟した賃権国では、海外の成長力を取り込み、国民所得の向上につなげていく必要があります。
これまでの資本や技術を活用して、効率的に高い収益を生み出すための仕組みを構築する必要があるということです。
変化10 人件費高騰が引き起こすインフレーション
人手不足の深刻化とそれによる賃金上昇が、近年のサービス物価上昇の背景にあります。
今後も人件費の高騰が緩やかな物価上昇を持続させていくことになります。
人件費の高騰は労働者にとっては良い側面がある一方で、行き過ぎる人件費高騰は経済にマイナスです。
フォルクスワーゲンのニュースがいろいろ考えさせてくれます。
独フォルクスワーゲン(VW)の業績が悪化している。2024年7〜9月期の連結純利益は12億ユーロ(約2000億円)と前年同期比で69%減った。売上高純利益率は1.5%に落ち込んだ。原因の一つには高い人件費がある。現地の自動車産業の時給相当のコストは日本の3倍近い「約1万円」という。回復への道のりは険しく、PBR(株価純資産倍率)は0.2倍台と、経営不振にあえぐ日産自動車と同水準にある。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG039T40T01C24A2000000/
第2部 機械化と自動化――少ない人手で効率よく生産するために
実質賃金と労働生産性は長期的には連動します。
そのため、持続的な実質賃金上昇のためには、常に生産性上昇が必要になります。
これからの日本は、人手不足が続くのが分かっていますので、企業は生産性を向上し、供給能力向上につなげていくことが重要となります。
労働の生産性を向上させるには、二つの方向性が考えられる。第1には、労働のインプットを維持もしくは拡大させる中で、それを上回る規模の付加価値額の拡大を達成するという方法である。第2に、付加価値の総額を維持もしくは拡大させながら、労働投入量を減らしていくという方向性である。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p142
今、人々が需要している多くはサービスです。
サービスの領域で生産性は上昇しているのでしょうか?
今後の日本の経済成長にとって重要になるのは、これまで仕事の効率化が難しかった領域である運輸や飲食・宿泊、医療や介護などの労働集約型産業の業務をいかに高度化していくかということになるだろう。いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれているようなこれらの仕事について、AIやロボティクスを活用したオートメーションがどこまで広がっていくかが、今後の日本経済の行方を大きく左右することになるのである。
ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」 p144
一方で、地方の中小企業へ労働生産の向上が波及するのには時間がかかりそうだとも述べていますが、そうであるなら、都市部への人口の集中は止められないどころか、加速するのではないかと思いました。
第2章では具体的な生産性向上の取り組みを紹介していますが、ほとんどは業界最大手の取り組みですので、地方の中小企業へ波及するのには数十年かかるのではないかと思ってしまいました。
数十年待てるほどの時間は日本、特に地方にはありません。大手のノウハウをどのように展開していくかが課題ですが、政府による政策誘導が必要です。
- 建設 現場作業の半分はロボットと
- 運輸 自動運転は幹線輸送から
- 販売 レジ業務は消失、商品陳列ロボットが普及
- 接客・調理 デジタル化に伴いセルフサービスが広がる
- 医療 非臨床業務の代替と専門業務への特化
- 介護 記録作業から解放し、直接介助に注力する体制を
第3部 人口減少経済「8つの未来予測」
1.人口減少経済でこれから何が起こるのか
- 予想1 人手不足はますます深刻に
- 予想2 賃金はさらに上昇へ
- 予想3 労働参加は限界まで拡大する
- 予想4 人件費の高騰が企業利益を圧迫する
- 予想5 資本による代替が進展
- 予想6 生産性が低い企業が市場から退出を迫られ、合従連衡が活発化する
- 予想7 緩やかなインフレーションの定着
- 予想8 優先順位の低いサービスの消失
2.人口減少局面における社会選択
- 論点1 外国人労働者をこのまま受け入れるのか
- 論点2 企業の市場からの円滑な退出をどう支援するか
- 論点3 地方都市の稠密性をいかに保つか
- 論点4 デジタル化に伴う諸課題にどう対処するか
- 論点5 自国の比較優位をどこに見出すか
- 論点6 超高齢化時代の医療・介護制度をどう構築するか
- 論点7 少子化に社会全体としてどのように向き合うか
