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「教育は遺伝に勝てるか?」内容の要約と紹介:安藤寿康

この記事は約9分で読めます。

最初に本書がどういう本であるかを述べています。

本書は行動遺伝学に基づいた科学書です。

行動遺伝学とは行動科学の一分野で、遺伝学的手法を用いて行動における個人差の本質を研究する科学分野です。

ひょっとしたらこの本をお手に取ったあなたは、これを子育てのマニュアル本と思ったかもしれません。そうだとしたら、申しわけありませんが、期待はずれになってしまうかもしれないので、はじめにお断りしておきます。これは科学書です。行動遺伝学に基づいて、子育てについて言えることを、できるだけわかりやすくお話ししようと思って書いた本です。

教育は遺伝に勝てるか? p3

本書を読むと、遺伝子が人生に与える影響の大きさを理解することができます。

遺伝子が人生にどれくらいの影響を与えるのかについて、遺伝行動学ではふたご(一卵性双生児と二卵性双生児)を通じて明らかにしてきました。

その研究成果を本書では還元しています。

遺伝子がただ顔や形だけでなく、物事に対する関心や好きなことの方向性、発揮される能力、他人との関係のつくり方など、心の働きの部分にまで、何らかの形で影響を与えていることを教えてくれます。こうしたふたごの実例から垣間見られる遺伝の影響を、より精緻な心理学の方法論と遺伝学の理論によって明らかにしようとするのが行動遺伝学です。

こうしてふたごの類似性を通して遺伝の影響を明らかにしようとすると、遺伝の影響があらわれるきっかけとなる環境の影響や、遺伝によっては説明できない環境の影響まで、同時に見えてきます。これが行動遺伝学の奥深いところです。行動遺伝学はその名が示すように単に「遺伝」だけに関心があるのではなく、実は人間の行動に及ぼす遺伝と環境の両方のかかわりを明らかにする学問なのです。

教育は遺伝に勝てるか? p6

本書を読むと、環境要因よりも遺伝的要因の方が人生を通じて大きな影響力を持つことが分かります。

結果として、子育てにおける親の影響というのは必ずしも大きくないということがわかります。

親の子育てが子どもを決める、親が子どもをつくり上げるという考え方を全面的に否定するつもりはありません。確かに子育ての仕方、家庭教育のあり方は子どもに大きな影響を与えます。しかしこの本では、子どもの成長に大きな影響を与えるもう一つの要因、「遺伝」に着目し、行動遺伝学の第一原則である「いかなる能力もパーソナリティも行動も遺伝の影響を受けている」という科学的事実に従って、子育てについて考えます。

教育は遺伝に勝てるか? p7

ただし、「遺伝によって決まる」わけではありません。「遺伝の影響を受けている」という点が非常に重要です。

難しいですが、この点を区別して本書を読む必要があります。

子育てをする親にとっても、子どもが内側に秘めた遺伝の影響を考えることが必要なのです。

ここで「遺伝の影響を受けている」と言ったことによく注意してください。「遺伝によって決まっている」と言ったのではないのです。この違いは重要です。

世の中ではほとんど決まり文句として「遺伝によって決まる」という言い方をします。

そして「遺伝によって決まる」と言ったとたん、それは環境ではどうしようもない、一生変わらないと考えてしまいがちです。そしてそう言ってしまっては子育ても教育も意味がなくなってしまうので、「遺伝の影響は全くない」とか「生まれつきなんてほとんどない」と主張されます。

遺伝に対するこの先入観が、どれほど子育ての考え方をゆがめてしまっていることでしよう。

教育は遺伝に勝てるか? p7-8

そして、本書では、子育てのマニュアル本がおそらくほとんど強調しないであろう、遺伝による影響について書かれています。

この本では、子育てのマニュアル本がおそらくほとんど強調しないであろう子どもの遺伝について、行動遺伝学という科学の知見に基づいてお話しします。行動遺伝学では、子どもの能力や性格など、心や行動にかかわるあらゆる側面に遺伝の影響が無視できないことを、膨大なエビデンスから明らかにしてきました。顔立ちが一人ひとり異なる遺伝の影響を受けてその人らしさのもととなっているのと同じように、ヒトの脳のつくりも一人ひとり異なる遺伝の影響を受けています。そしてそこから生み出される心の働き方や能力の発揮の仕方も、その人特有の特徴をもっています。これはヒトのみならずいかなる動物も、遺伝子が作り出しているのだということを考えれば、当たり前の事実です。

教育は遺伝に勝てるか? p9-10

本書で、遺伝による影響力の強さが説明されますが、遺伝子の柔軟性についても語られます。

遺伝子は、環境に適用するように反応していきますので、子育てによる環境の変化に子どもは柔軟に適用していくという事でもあると思います。

遺伝子が生み出す生命現象は、そんなガチガチの硬いものではありません。遺伝子は自らを生き長らえさせようと、環境に適応するような仕組みを作り、環境の変化に対して柔軟に反応します。子育ての仕方も子どもからみれば環境の一つであり、それに応じて遺伝子を表現しています。それをみて、子どもは環境しだい、子育ての仕方しだいと錯覚するのは無理からぬことですが、そもそも親の子育て環境にどう反応するかが、子どもの遺伝子のなせる業なのです。

教育は遺伝に勝てるか? p10

そして、子育てマニュアル本の通りに子どもが育たなくても問題ないですし、仮にマニュアル本の通りに育ったとしたら、たまたま子どもの遺伝的影響とマニュアル本の内容が合致していたという偶然によるものであることが分かります。

マニュアル本通りに子どもが育たなくても、気にする必要がありません。

遺伝の影響を受けながら、時々刻々変化する環境に適応しようと脳を働かせ、体を動かし、自らの人生をつくり上げています。その意味で、ヒトの行動はどの瞬間も遺伝と環境の両方から影響を受けて、一人ひとり独特な経験を紡いでおり、子育てマニュアル本のように「こうすればこう育つ」「こうなったのはこんな育て方のせい」などといった単純な因果律が成り立っているわけではありません。もしマニュアル通りのことが起こったとしても、それは親の子育ての仕方だけが原因なのではなく、子どもの側にも親の子育ての仕方をマニュアルにあるように促すような遺伝子が関与していた可能性があるのです。

教育は遺伝に勝てるか? p11

さて、本書を手に取った理由の一つに、遺伝が学力にどう影響するのかを知りたいというのがありました。

その中でも、粘り強さを表すGRITと、立ち直る力を表すレジリエンスが、遺伝の影響を受けるのか/受けないのか、受ける場合はどれくらいの影響を受けるのか、を知りたいと思っていました。

学力に大きな影響を与える要素として、どれだけ勉強をしたかということと、どれだけプレッシャーに強いか、というのがあると思っています。

前者がGRIT能力、後者がレジリエンス能力だと思っています。

天才児やギフテッド児を除けば、一を聞いて十を知る子どもはいません。

教わった内容を身につけるには、相応の時間をかける必要がありますが、長時間の勉強ができる子がいる一方で落ち着きがなく勉強にできない子もいます。

これが遺伝の影響を受けたものなのか、環境によるものなのかによって、勉強の仕方が変わります。

環境によるものならば、訓練などによって、長時間勉強を続ける力を身につけることができます。

しかし、遺伝の影響を受けるのであれば、長時間の勉強を強制させるのではなく、細切れで総時間を確保するなどの時間管理方法の転換が必要になります。

また、学力はテストで測られますが、試験のプレッシャーに負けない子と負けてしまう子がいます。

これも環境の要因が強いのであれば、訓練等でプレッシャーに強くなることができます。

しかし、遺伝の影響を受けるのであれば、精神論で克服することを求めるのではなく、例えば薬の力を借りるというのがこと適切な選択肢になるかもしれません。

残念ながら、本書ではGRITとレジリエンスに対する遺伝の影響は言及されていませんでした。

別の本を探してみようと思います。

次の本でも行動遺伝学について書かれています。

さて、本書の詳細は次のページで見ていきます。

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目次

はじめに
ふたごが教えてくれること
「遺伝によって決まる」の誤解 
なぜ子育て本通りに育つ子がいるのか

第1章 遺伝は遺伝せずー基本はメンデルにあり
『エデンの東』に見る遺伝
遺伝は遺伝せず
すべてはメンデルの法則にあり
「隔世遺伝」はこうして起きる
形質の組み合わせはランダムに遺伝する
実は特殊だったメンデルの法則
正体はポリジーンのランダムな伝達
プロフィールのランダムネス

第2章 あらゆる能力は遺伝的である
ある一羽性双生児の軌跡
事例1<写真に目覚めたふたご>(1994年生まれ、聞き取り時27歳、男性)
体が思うように動かない、自分が出せない/留学先での衝撃的な出会い
別々に育てられたふたごの類似性
運命と遺伝の考え方
一卵性と二卵性を比べる
パーソナリティは親の育て方と関係ない?
ポリジェニックスコアから将来の学歴がわかる

第3章 親にできることは何かー家庭環境の効き方
親が子どもに与えられるもの
ヒトは教育する動物である
映画『万引き家族』で語られた「教育」
遺伝と環境を分けて考える
親の育て方が子どもの学力にどう影響するのか
「親の努力」の厳しい現実
収入や社会階層の影響への誤解
子どもをコントロールする親、子どもに振り回される親
子どもとの愛着関係は親しだい
物質依存の温床になる危険
遺伝と環境が逆転する“15歳”

第4章 教育環境を選ぶー学校の内と外
歳を重ねると強くなる遺伝の影響
個人の経験が脳に与える影響
進化的に見た教育
すばらしき学校生活
事例2<高校野球に生きるRさんとDさん>(1976年生まれ、聞き取り時46歳、男性)野球との出会い/甲子園への憧れ/中学時代の監督の存在/挫折を経て体育教師を天職に/あまりにも似た足跡
事例3<SEで活躍するHさんとTさん> (1981年生まれ、聞き取り時41歳、男性)乳幼児期の記憶と他者とのかかわり/5歳で見つけた退屈の紛らわし方/祖母がくれた本からファンタジーの世界へ/理科教師の母親とサイエンスへの関心/共通点は学校での刺数と将来とのつながり
事例4<建築家となったSさんとYさん)(1990年生まれ、聞き取り時32歳、男性)絵を描くのが好きだった/自作ゲームにはまった小学校時代/建築の道へ
事例5<踊りに導かれるAkさんとYkさん> (1975年生まれ、聞き取り時47歳、女性)守ってあげたくなる人柄/バレエ教室と音楽クラブ/内側から「はい上がってくる」感覚/志望校不合格で見失った目標/「踊りが下手な友達」というきっかけ/プレイヤーから指導者へ/身体感覚が選択を導く?
学校という環境が広げる可能性

第5章 「自由な社会」は本当に自由か?
「自由な社会」が突きつける過酷さ
都会と田舎、どちらが自由? 
「のんべえ」は都会の方が遺伝I?
女性に影響する、未婚か既婚か
まばたきと遺伝
民主的な社会と遺伝のばらつきの関係
しつけの文化比較
すばらしい新世界が生む格差

第6章 そもそも、子どもにとって親とは?
親に「こうあるべき」はない
親がもっとも努力すべきこと
親が期待するほど、子は親の影響は受けない
斉藤和義も歌っている「諦め」
「素質に合う」は実在しない
子どもの「好き」を大切に

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