全ての知識と知恵はSDGs(Sustainable Development Goals)のために。

「デフレの正体−経済は「人口の波」で動く」内容の要約と紹介:藻谷浩介

この記事は約21分で読めます。
  1. 本書について
  2. 第1講:思い込みの殻にヒビを入れよう
    1. 本書の狙い
    2. そもそも、景気とは
    3. 「戦後最大の好景気」
  3. 第2講:国際経済競争の勝者・日本
    1. 日本人の金融資産
    2. 日本の輸出
    3. 貿易黒字
    4. 金利配当
    5. 中国との関係
    6. 私見 日本の「ブランド」としての「老舗」
  4. 第3講:国際競争とは無関係に進む内需の不振
    1. 「戦後最長の好景気」の下で減り始めた国内新車販売台数
    2. 小売販売額はもちろん、国内輸送量や一人当たり水道使用量まで減少する日本
    3. なぜ「対前年同期比」ばかりで絶対数を見ないのか
  5. 第4講:首都圏のジリ貧に気づかない「地域間格差」論の無意味
    1. 「小売販売額」と「個人所得」出見える「失われた10年」のウソ
    2. 「地方の衰退」=「首都圏の成長」とはなっていない日本の現実
    3. 「東京都心部は元気」という大ウソ
  6. 第5講:地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」
    1. 苦しむ地方圏を襲う「二千年に一度」の現役世代減少
    2. 人口が流入する首都圏でも進む「現役世代の減少」
    3. 所得はあっても消費しない高齢者が首都圏で激増
    4. 「地域間格差」ではなく「日本人の加齢」&団塊世代の加齢がもたらす高齢者のさらなる激増
  7. 第6講:「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀
    1. 住宅バブルを生んだ団塊世代の持ち家取得
    2. 「好景気下での内需縮小」が延々と続く
    3. 私見 住宅関係産業は衰退する
  8. 第7講:「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる
    1. 「生産性向上」努力がGDPのさらなる縮小を招く
    2. 私見1 欧米流の考え方を模倣していると日本は沈没する
    3. 私見2 経済学に制約条件下での考え方を持ち込むことができるのか
  9. 第8講:声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち
    1. 「日本の生き残りはモノづくりの技術革新にかかっている」という美しき誤解
    2. 「出生率上昇」では生産年齢人口減少は止まらない
    3. 「外国人労働者受け入れ」は事態を解決しない
  10. 第9講:ではどうすればいいのか1 高齢富裕層から若者への所得移転を
    1. 団塊世代の退職で浮く人件費を若者の給料に回そう
    2. 若者の所得増加推進は「エコ」への配慮と同じ
    3. 生前贈与促進で高齢富裕層から若い世代への所得移転を実現
  11. 第10講:ではどうすればいいのか2 女性の就労と経営参加を当たり前に
    1. 現役世代の専業主婦の四割が働くだけで団塊世代の退職は補える。
    2. 若い女性の就労率が高い県ほど出生率も高い
  12. 第11講:ではどうすればいいのか3 労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受け入れを
    1. 私見 観光客を呼ぶためには
  13. 補講:高齢者の激増に対処するための「船中八策」
    1. デフレの正体 おわりに 「多様な個性のコンパクトシティたちと美しい田園が織りなす日本」へ
  14. 目次

本書について

読んでおいて損はない本だと思った。

小難しい経済理論を振りかざして、なんら具体的な処方箋を書かずに抽象論に終わっている本に比べれるまでもないが、何よりも「直感的」に「そうかぁ」と思える本である。

そして、SDGsへのヒントも多い。

第1講:思い込みの殻にヒビを入れよう

本書の狙い

「景気の波」を打ち消すほど大きい「人口の波」が日本経済を洗っている

この事実から、今の日本経済の状況を見る、というのが本書の狙い。

そもそも、景気とは

「GDPが下がる」だの「景気が悪い」だのは、つまりは「何がどうなっている」事なのか?
そもそも、景気がよくなると、皆が幸せになっていろんな問題が解決されるのだろうか?
 ▼
健康診断にたとえると
日本の景気議論は、自分の総合体調指数はAかBかCかと騒いでいるようなもので、そもそも別の血圧や体脂肪率、血糖値、尿酸値などの、個別の重要指標をみないと分からないのにもかかわらず、全体をみて、もっと健康づくりをしろ、と騒いでいるのと同じである。
個別の要因を見てみないと、どのような健康づくりをすればよいのかが分からないにもかかわらず、このような議論がまかり通っているのが現状である。
 ▼
さらに…
「内需が拡大しない理由は、景気が悪いからだ」→「景気が悪いのは、内需が落ちているからだ」→「内需が拡大しない理由は、景気が悪いからだ」
という循環論法を疑問を抱かずにはなす人もいる。

「戦後最大の好景気」

2002年から2007年まで続いた輸出主導の好景気は、実感として感じられるようなものだっただろうか?
 ▼
経済理論上の、いわば数字のマジックによる好景気が、現実の感覚とはかけ離れていることを示すいい例。

第2講:国際経済競争の勝者・日本

不況、不況と聞かされると、次の事実は本当だろうかと目を疑いたくなるが、事実である。
本書で著者が再三にわたって述べているが、すべてのデータソースは、公的機関から誰でも無料で確認できる。

日本人の金融資産

世界同時不況にもかかわらず、日本人の金融資産は減らない。

日本の輸出

バブル崩壊後に日本の輸出は倍増している。
中国の台頭にもかかわらずである。

貿易黒字

世界同時不況下でも日本の貿易黒字は続いている。
そもそも日本が貿易赤字にあるのは構造的に難しい。

金利配当

日本は世界中から莫大な金利配当を稼いでいる。

中国との関係

中国が栄えれば栄えるほど儲かる日本
そして、中国に先んじて発展した韓国、台湾は日本の大得意先
逆に、日本を相手に稼いでいるのがフランス、イタリア、スイス
 ▼
何が違うのか?
それは「自国製」の「高級ブランド品」
 ▼
ここから見えることは
ハイテク製品で勝つだけが戦略ではない
事実を直視しよう
「日本の一部男性の大好きなハイテク製品よりも、日本女性の大好きなブランド付き軽工業製品の方が、バッグでもショールでも、申し訳ないけれども値段が高いのです。」
 つまり
フランスやイタリアやスイスの製品に「ブランド力」で勝つことである!

私見 日本の「ブランド」としての「老舗」

ブランド力はその製品の質もさることながら、歴史と言うのも大きく影響してくる。
製品の質はたやすく追いつくことが出来るが、「時間」というのはどうあがいても追いつくことが出来ない唯一のものである。
幸いにして、日本には世界に類を見ないくらい数の古い店が存在している。いわゆる「老舗」である。
この「SHINISE」を前面に押し出して行くというのは、ひとつのブランド戦略であると思う。

第3講:国際競争とは無関係に進む内需の不振

日本経済の停滞は国際競争に負けた結果ではない。
それとは無関係に進む「内需の縮小」こそ、日本経済が直面する恐るべき病気である。

「戦後最長の好景気」の下で減り始めた国内新車販売台数

00年をピークに01年から減り始め、国内景気が絶好調とされていた06−07年には減少ペースが大きく加速。
 ▼
「若者の車離れ」が原因といわれているが?
これって、01年から始まっていたのか? 根拠不明の感情論に引っ掛かってはいけない!
 ▼
「外国でのトヨタ車の販売は当然ながら景気に連動している。でも日本国内での販売は景気に全然連動しない。我々はもう骨身にしみてわかった」

小売販売額はもちろん、国内輸送量や一人当たり水道使用量まで減少する日本

96年度をピークに12年連続で減少が続いている。
ピークがバブルの頂点の90年度ではないことに注意が必要。
 ▼
この12年の間、日本の実質GDPは十数%伸びたが、国内の小売業の売り上げはずっと減っていた。
出版業界も同じ。
出版不況はインターネットの普及のせいだ ということになっているが?
 ▼
97年をピークに減り始めている。
この時期って、まだインターネットはそんなに普及していなかった。
国内貨物総輸送量(重量×距離)
00年度をピークに減っている。
金融危機の後も伸び続けたものが、01年からの輸出景気の始まりのころから減り始めた。
これらの数字は日本経済のいわば基礎代謝を表す基本的なものである。
みな同じ構造的な問題によって減少に転じている。
(ちなみに、「地域間格差」は間違った見方である!!)

なぜ「対前年同期比」ばかりで絶対数を見ないのか

重要な長期トレンドは絶対数で把握しよう!

第4講:首都圏のジリ貧に気づかない「地域間格差」論の無意味

「内需の縮小」の犯人扱いされる「地域間格差」。
これは実は冤罪である。
では、本当は何が起きているのか…。

「小売販売額」と「個人所得」出見える「失われた10年」のウソ

経済産業省が小売商業者側に聞く全数調査「小売販売額」⇒消費税導入以降は多くの事業者が税務署に報告するのと同じ数字を書いている。末端の数字まで信頼できる数字である。
 ▼
日本経済を分析する専門家はこの小売販売額という指標を使わない。
【理由】
1.「水準」だけをみているので、絶対数に関心がないこと
2.小売販売額はモノ消費だけでサービス消費が入っていない数字であること

「地方の衰退」=「首都圏の成長」とはなっていない日本の現実

青森の事例をみると、バブル崩壊時ではなく、96−98年がピークで「地方の衰退」を示す数字が並んでいる。
 ▼
これは「地域間格差」の結果なのか?
小売販売額 : 青森98 > 首都圏96
個人所得  : 青森124> 首都圏118
 ▼
青森の方がまし!!
地域間格差が拡大しているのではなく、「都会も田舎も同じように低迷している」というのが日本経済の実態である。
そうでなければ、こんなに日本全体が所得低下、内需低下に見舞われない。
なぜなら、日本人の4人に1人は首都圏民だから、首都圏が元気なら、日本経済はもっと元気である。

「東京都心部は元気」という大ウソ

都心は首都圏平均よりもさらに厳しい状況。
小売販売額 : 青森98 > 首都圏96 > 23区90

第5講:地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」

ではでは、「内需不振」の犯人は?

苦しむ地方圏を襲う「二千年に一度」の現役世代減少

人口変動の波。総人口の話ではない。
生産年齢人口の変動である。
 ▼
生産年齢人口とは経済学的に定義された「現役世代」の数で、15−64歳人口が該当する。
本当は、生産能力不足・労働力不足ではなく、需要不足・消費者不足なので、「消費年齢人口」と呼ぶべきであろうが、習慣でこう呼ばれている。
「生産年齢人口減少」と「高齢者激増」の同時進行を「少子高齢化」というズレた言葉で表現する習慣が蔓延しているが、「子供さえ増やせば高齢化は防げる」という全くの誤解の元凶になっている。
さらには最も重要な問題である「生産年齢人口減少」を隠してしまっている。

人口が流入する首都圏でも進む「現役世代の減少」

「首都圏には人口が流入している以上、生産年齢人口も増えている」という仮定
=「若者の流入=人口増加=生産年齢人口増加」という定式が先入観
 ↓↑
「首都圏の生産年齢人口が減っている」という極めて基本的な事実の確認を怠っている。
これが現実である。

所得はあっても消費しない高齢者が首都圏で激増

00−05年の5年間に首都圏では65歳以上が118万人増えている。
全国で増えた65歳以上367万人の3人に1人は首都圏民である。
「もうそろそろ車はいいです」「もうスーツはいりません」という人が増えているのは当然。
また、首都圏の病院が混んでおり、救急車のたらいまわしという事件が増えていることを明確に一致する。
 ▼
事実と数字が一致しないのは、首都圏は若い、若者が流入する首都圏は大丈夫だという「空気」だけである。
首都圏で起きているのは「現役世代の減少」と「高齢者の激増」の同時進行。
 ▼
企業に蓄えられた利益が人件費増加には向かわない。
定年退職者数が新卒採用の若者を上回るので、少々のベースアップでは企業の人件費は増えない。
 ▼
配当などの金融所得は、企業に多額の投資をできる富裕層に流れることになる。そして、その多くは高齢者であった。
高齢者は特に買いたいモノ、買わなければならないモノがない。
 ⇔逆に
何歳まで生きるかわからない。どの様な病気になるか分からないというリスクに備え、金融資産を保全しておかないとというウォンツだけはある。
 =高齢者の貯蓄の多くはマクロ経済学上の貯蓄とは言えない。
  将来の医療福祉関連支出の先買い、つまりコールオプションの購入である。
   ▼
  通常の貯金と違って、流動性はゼロ
  消費には回らない。
これが個人所得とモノ消費が切断された理由である。
こうした考え方をアメリカの経済学者に話したら、すでに論文で誰かが書いていると言われた。日本の経済専門家に話したら、素人の暴論と笑われただけだった。

「地域間格差」ではなく「日本人の加齢」&団塊世代の加齢がもたらす高齢者のさらなる激増

「高齢化」というのは「高齢者の絶対数の激増」
 ⇔高齢化=「高齢化率」の上昇であるという、わけのわからない抽象化が行われている。
  また、子供さえ増やせば高齢化に対処できると勘違いしている人がいる。
日本始まって以来の「二千年に一度」の生産年齢人口減少が起きている。
この信じられない現象のため、首都圏の介護福祉の現場は大変な事になっている。
お客は増える一方なのに、人手も予算も設備も足りない。

第6講:「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀

前講の要点
・首都圏においてすら、生産年齢人口は減り始めている。
・日本中で高齢者が増加しているが、高度成長期に若者を集めた首都圏のような地域ほど増加のペースが急である。
・人数の多い終戦前後生まれの世代の加齢がある。

住宅バブルを生んだ団塊世代の持ち家取得

親の数の倍もいる団塊世代は半数以上が親から自宅を相続できない立場であった。
特に地方から出てきた人にとっては、マイホームは人生の大きな課題であった。
 ▼
同じ時期に団塊世代の住宅購入が集中することになる。
ここに日本史上空前絶後の住宅需要が発生する。
 ▼
ただし、
顧客の中心がわずか三年間に出生が集中している団塊の世代である以上、需要の盛り上がりは短期的であることが本当は明らかであった。
ところが
住宅業界、不動産業界、建設業界は、景気がいいから住宅が売れていると考えた。
 ▼
日本史上最も数の多い団塊世代が住宅を買い終わってしまえば、日本史上二度と同じレベルの住宅需要が発生することはない。
そこに、住宅の過剰供給「住宅バブル」が発生した。
この推論は、すでにバブル崩壊途中にマッキンゼー・アンド・カンパニーの横山禎徳氏が「成長創出革命」ダイヤモンド社94年に指摘している。
団塊世代の加齢に伴って、そのライフステージに応じて様々なものが売れ、売れなくなっていく。
この単純なストーリーほど、見事に「戦後日本」という「国際経済競争史上の特殊解」の消長の理由を説明できるものはない。「景気循環なるものが永劫回帰のごとく繰り返す」というマクロ経済学の基本系よりも優れている。

「好景気下での内需縮小」が延々と続く

生産年齢人口が減少を続けているので、国内の雇用の大部分を占める内需型産業は恒常的に供給過剰となり、業績が回復しない。
若者は低賃金状態におかれ続け、失業状態を挟みながら転職を繰り返すので、失業率も高止まりとなる。

私見 住宅関係産業は衰退する

極めて単純だが、いままでマスコミで流れなかった事実。団塊世代の加齢に伴った売れるものと売れないものの栄枯盛衰。
景気が悪くなると、政府は真っ先に住宅減税を行う。これは、住宅は総合産業であるため、波及効果が高いとされるからであるが、買う人がいなければこの減税効果は薄い。薄いどころか、政策として間違っているものということになる。政府がとるべき政策は別のところにある。
そして、住宅を購入する人が少なくなっているということは、つまりは住宅関係産業が将来的に、それもごくごく短期、10年以内という期間のうちに衰退するということである。

第7講:「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる

いくら素晴らしい技術があっても、その価値を価格転嫁できない限り、付加価値ににはならない。
付加価値額が増え付加価値率が高まるかどうかは技術力にではなく、その商品が原価よりも高い値段で売れてマージンをとれ人件費が払えるかがポイントである。
 ▼
同じような商品が供給過剰になっていないか、顧客側の品質への評価が高い分を価格転嫁できていること、つまりは「ブランド」が高いかどうかが、内需そしてGDPが拡大する決め手である。

付加価値額はちょっと前にはやった「株主資本主義」に構造的な問題があることを示している

つまり、短期的な利益しか追求しないのであれば、人件費以下地元に落ちるコストを削って、利益を高くした方が良い。

結果として人件費を削り納入企業をたたき、と互いにコストダウンをしているうちに、互いの売り上げが減り、日本全体の付加価値額が停滞するようになる。
 ▼
これによって儲けた株主が消費をしてくれればよいのだが、多くが高齢者である投資家はさらに投資額を増やすことばかりに関心があり、消費に回すことはない。

かといって…

旧来の従業員共同体が漫然と行う企業統治が良いわけではない。

「生産性向上」努力がGDPのさらなる縮小を招く

生産年齢人口減少とともに進行していく経済の縮小をさらに加速させるとんでもない行動がある。
つまり「労働者数を減らして生産性を高める」という企業努力である。
 ▼
付加価値額を上げる方向に、人減らしではなく商品単価向上に向け努力すべきであり、その結果として生産性があがる。

私見1 欧米流の考え方を模倣していると日本は沈没する

「株主資本主義」に見える欧米の考え方は、日本の内需を疲弊し続けさせるだけ。
この考えのもとで会社を運営している経営者が多い限り、日本の内需が回復することはないということになるだろう。
マスコミに取り上げられる経営者ほど欧米流に染まり、この考え方に染まっているように見受けられる。そして、マスコミはこうした経営者を新しい経営者像として称賛する。

私見2 経済学に制約条件下での考え方を持ち込むことができるのか

著者は、国民が経済活動に使える時間を組み入れた新しい経済学を提案している。私も似たようなことをずっと思ってきていた。そもそも昔から経済学の理論に根本的な課題があるのではないかと思ってた。

それは、理論の中で出てくる考えが「無限」を前提としていることである。

これは具体論から一般論、各論から総論へと理論を展開する中で必要な事だとは思うが、「無限の時間」「無限の需要と供給」が考えのベースにあるように思われて仕方がない。

違うというのであれば、経済学でいう短期と長期は、具体的には「何年」を示しているのか?需要は人口を頭打ちに考えられているのか?供給は生産量に限度があることを想定しているのか?これを明確に説明してもらいたい。

もっとも、貿易の場合、2カ国、3カ国間同士での理論というのはあるが、n国間同士での一般理論というのはない。
現実には、世界中にはn国間はないので、そこまで必要はない。

ここからいえるのは一般理論を確立した後に、「現実の数値など」に置き換えて考える必要性があるということであろう。

第8講:声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち

日本経済が目標とすべきは「個人消費が生産年齢人口減少によって下振れしてしまい、企業業績が悪化してさららに勤労者の所得が減って個人消費が減るという悪循環を何とか断ち切ろう」ということである。
1.生産年齢人口が減るペースを少しでも弱めよう
2.生産年齢人口に該当する世代の個人所得の総額を維持し増やそう
3.(生産年齢人口+高齢者による)個人消費の総額を維持し増やそう
これが目標となる。

「日本の生き残りはモノづくりの技術革新にかかっている」という美しき誤解

もちろん「モノづくり技術の革新」は重要であるが、それは「日本が今患っている病の薬ではない」
必要なのは前記の3つであり、「モノづくり技術の革新」は直接の関係はない。

「出生率上昇」では生産年齢人口減少は止まらない

いくら出生率をドラスティックに増やしても、出生者数はそう簡単には増えない。
率と絶対数は違う。
また、今の時点で、仮に出生者数が激増したとしても、生産年齢人口になるのは15−20年かかることになる。
それまでの間は、ひたすら生産年齢人口の減少と、高齢者の激増が続く。

「外国人労働者受け入れ」は事態を解決しない

するべき、するべきでないの話ではなく「やってもやてもまったく数量的な効果が出ない」
今後5年間に65歳を超えていく団塊前後の世代だけでも1千万人以上いる。
これに対して日本在住の外国人は230万人。ここには在日韓国人・朝鮮人を含めている。
この差を埋めるためには、今の外国人の増加数が毎年6万人であるが、これを10倍以上の60万人以上にする必要がある。これを本気で考える人がいるだろうか?
 ▼
中国から人が来るから大丈夫さ、という人、要注意!
中国側の事情でそれは天地がひっくりかえっても不可能である。中国では劇的に少子化が進んでいる。孫世代の人口が祖父母世代の9分の1になってしまう状況になっている。

第9講:ではどうすればいいのか1 高齢富裕層から若者への所得移転を

最初に私見だが、この講は現実味に乏しいと思う。

団塊世代の退職で浮く人件費を若者の給料に回そう

供給過剰→価格競争に悩む企業自身が自分の長期的な生き残りのために、自助努力によって、消費性向が高い子育て世代にお金を回し内需を拡大すべきである。
企業においては年功序列賃金を弱め、若者の処遇を改善すること。それは子育て中の社員への手当てや福利厚生を充実すべきである。子育て中の社員は、金銭的な余裕はないから、手取りが増えた分は消費活動に回してもらえるだろう。
 ▼
多くの企業が一斉に取り組まないと効果は出ない。
 ▼
団塊の世代の退職によって結構な額の人件費を、足元の益出しに回さず、若い世代の人件費や福利厚生費の増額に回すということである。

若者の所得増加推進は「エコ」への配慮と同じ

「環境には配慮しよう、目先の利益を少々犠牲にして環境にお金をかけることは、社会的に必要だし株主も許す」という認識と同じレベルの問題としてとらえるべき。
 ▼
そもそも内需縮小は、地球環境問題よりもはるかに重要な足元の問題である。

生前贈与促進で高齢富裕層から若い世代への所得移転を実現

直接に財政を傷めずに、政府にできることがある。
それは生前贈与の促進である。
促進策としては「○○年以降、金融資産や貴金属の相続に関しては、相続税の基礎控除額を大幅に減らし、課税対象拡大部分に対応した最低税率は低く設定する一方で、最高税率は上げる。だからそれまでに生前贈与をしましょう」というのが効果的と考える。
 ▼
上記では「格差」は是正されないが、これによって消費が拡大されれば、回りまわって若者の給料が上がる。
高名な経済学者は「問題は格差ではなく貧困だ、格差解消ではなく貧困解消が大事なのだ」といっている。

第10講:ではどうすればいいのか2 女性の就労と経営参加を当たり前に

最初に私見。これが1番現実的な方策。

目標05 ジェンダーの平等を実現しよう
目標5. ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う 5.1 あらゆる場所におけるすべての女性及び女児に対するあらゆる形態の差別を撤廃する。 5.2 人身売買や性的、その他の種類の搾取など、すべての女性及び女児に対する、...

現役世代の専業主婦の四割が働くだけで団塊世代の退職は補える。

日本の女性は45%しか有償労働はしていない。これには1週間に1時間以上、お金をもらって働いた人をすべて合計しても、女性の2人に1人に満たない。
つまり、今の日本では総人口の3割近い3500万人の女性が給料の出ない専業主婦や学生や家事手伝いをしている。生産年齢人口の専業主婦だけを取り出しても1200万人もいる。
 ▼
この4割が、とにかく1週間に1時間以上お金をもらって働けば、団塊世代の退職が雇用減・所得減という形で日本経済に与えるマイナスインパクトがあかったことになる。
「外国人労働者導入は必然だ」という主張よりも、目の前にいる、教育水準が高くて、就職経験が豊富で、能力も高い日本人女性がいるのに、どうして彼女たちを使おうとしないのか?
日本女性が働くだけで、家計所得が増え、税収が増え、年金も安定する。
 ▼また
外国人労働者を導入するのと違って、追加コストがかからない。
日本人女性は日本語をしゃべるし、多くが高等教育を受けており、年金や医療福祉のシステムを今から新たに増強する必要もない。
 ▼さらに
日本女性の就労率45%は世界的にみても低水準である。

若い女性の就労率が高い県ほど出生率も高い

あくまでも相関関係であり、因果関係ではない点に注意が必要だが、「若い女性が働くと子供が減る」という命題は疑う余地のない反証によって明確に否定されている。
 ▼繰り返し注意
「出生率を上げるために女性就労を促進しろ」と言っているわけではない。「内需を拡大するために女性就労を促進しよう。すくなくともその副作用で出生率がさがることはないですよ」ということである。

第11講:ではどうすればいいのか3 労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受け入れを

最初に私見。第10講に次いで現実的。
日本経済のボトルネックが経済学が想定するような労働力の減少ではなく消費者の減少、生産力の減退ではなく内需の減退を産んでいるという現実の観察から生まれる戦略が、「外国人観光客」の増加。
生産者ではなく、消費者を外国から呼んでこようというもの。

私見 観光客を呼ぶためには

自分が海外へ観光する時に、何を期待するか?それさえ考えてみれば、政府レベルだけでなく、地方自治体レベルでもできることは腐るほどある。

まずは街並みの統一感である。観光立国ではごく当たり前に行われている景観の統一化。これを最低限でも進めていけばよい。街並みの統一化も、いかにも日本らしい街並みである必要がある。

京都の政策が根本的に間違っているのは、この統一感の点である。

観光客の集客が優れている都市は、街全体の統一感がある。例えば、ウィーンやブダペストなどを見に行ってみればよい。逆に、観光立国のなかにあっても観光客の呼べない都市もたくさんある。

京都は世界的にみても、観光客を呼べるポテンシャルがある。だが、おそらくはそのポテンシャルを生かしきるだけの政策がない。

もう少し、平面的な面で考えれば、京都だけでなく奈良も交えて、総合的に日本の「古都」に焦点を当てれば効果が高いと思われる。

だが、いずれにしても、統一感のある街並みに変貌していかないと、観光地としての魅力はない。これだは断言する。

観光客に対する日本の地方自治体の認識の甘さには目を疑うことがしばしばある。むしろ観光客をバカにしているんじゃないのか?と思うことの方が多い。

例えば、市の名前に「アルプス」の名をつけた市議たちは、絶対にまともな頭の構造をしていない。観光客は日本にアルプスの風景を期待してくるだろうか?アルプスの風景を期待するのなら、本場ヨーロッパに行くということを考えないだろうか?正気の沙汰とは思えない事例である。

日本人の観光客は少しは呼べるかもしれない。だが、海外の観光客は呼べないだろう。なぜなら、期待する風景と全然違うからである。

私自身がヨーロッパアルプスのいろんな村を実際に見ているので言えることだが、日本の風景はアルプスの風景に全然似ていない。

補講:高齢者の激増に対処するための「船中八策」

1.高齢化社会における安心・安全の確保は第一に生活保護の充実で
2.年金から「生年別共済」への切り替えを
3.戦後の住宅供給と同じ考え方で進める医療福祉分野の供給増加

デフレの正体 おわりに 「多様な個性のコンパクトシティたちと美しい田園が織りなす日本」へ

生産年齢人口が3−4割減った後の国土はどうなるのか。
 ▼
戦後半世紀支配した、都市開発地域拡大・容積率上昇・土地神話はすべて崩壊する。

人口減少に合わせて都市開発地域を縮小し、旧来の市街地や農山村集落を再生し、中途半端な郊外開発地は田園や林野に戻すことが各地で進むであろう。

容積率を下げ、高品質の建物に立て直す「減築」も当たり前になるだろう。

不動産取引はずっと流動化し、土地保有が貯蓄手段ではなくなっていく中で、ヴィンテージのつく商品の購入が代わりの貯蓄手段となっていくことになるだろう。

目次

まえがき
第1講:思い込みの殻にヒビを入れよう
 景気判断を健康判断と較べてみると
 ある町の駅前に表れた日本のいま
第2講:国際経済競争の勝者・日本
 世界同時不況なのに減らない日本人の金融資産
 バブル崩壊後に倍増した日本の輸出
 世界同時不況下でも続く貿易黒字
 世界中から莫大な金利配当を稼ぐ日本
 中国が栄えれば栄えるほど儲かる日本
 中国に先じて発展した韓国・台湾こそ日本の大得意先
 フランス、イタリア、スイスに勝てるか
第3講:国際競争とは無関係に進む内需の不振
 「戦後最長の好景気」の下で減り始めた国内新車販売台数
 小売販売額はもちろん、国内輸送量は一人当たり水道使用量まで減少する日本
 なぜ「前年同期比」ばかりで絶対数を見ないのか
第4講:首都圏のジリ貧に気づかない「地域間格差」論の無意味
 苦しむ地方の例…個人所得低下・売上低落の青森県
 「小売販売額」と「個人所得」で見える「失われた10年」のウソ
 「地方の衰退」=「首都圏の成長」とはなっていない日本の現実
 「東京都心部は元気」という大ウソ
 名古屋でも不振を極めるモノ消費
 地域間格差に逆行する関西の凋落と沖縄の成長
 地域間格差ではなく日本中が内需不振
第5講:地方も大都市も等しく襲う「現役世代の減少」と「高齢者の激増」
 苦しむ地方圏を襲う「二千年に一度」の現役世代減少
 人口が流入する首都圏でも進む「現役世代の減少」
 所得はあっても消費しない高齢者が首都圏で激増
 日本最大の現役減少地帯・大阪と高齢者増加地帯・首都圏
 「地域間格差」ではなく「日本人の加齢」
 団塊世代の加齢がもたらす高齢者のさらなる急増
第6講:「人口の波」が語る日本の過去半世紀、今後半世紀
 戦後のベビーブーマーが15年後に生んだ「生産年齢人口の波」
 高度成長期に始まる出生数の減少
 住宅バブルを生んだ団塊世代の持ち家取得
 「就職氷河期」も「生産年齢人口の波」の産物
 「生産年齢人口の波」が決める就業者数の増減
 「好景気下での内需縮小」が延々と続く
第7講:「人口減少は生産性上昇で補える」という思い込みが対処を遅らせる
 「生産性」と「付加価値額」の定義を知っていますか?
 生産年齢人口減少→付加価値額の減少を、原理的に補いきれない生産性向上
 「生産性向上」努力がGDPのさらなる縮小を招く
 簡単には進まない供給側の調整
 高齢者から高齢者への相続で死蔵され続ける貯蓄
 内需がなければ国内投資は腐る
 三面等価式の呪縛
 「国民総時間」の制約を破ることは可能なのか?
第8講:声高に叫ばれるピントのずれた処方箋たち
 「経済成長こそ解決策」という主張が「対策したフリ」を招く
 「内需拡大」を「経済成長」と言い間違えて要求するアメリカのピンボケ
 マクロ政策では実現不可能な「インフレ誘導」と「デフレ退治」
 「日本の生き残りはモノづくりの技術革新にかかっている」という美しき誤解
 「出生率上昇」では生産年齢人口減少は止まらない
 「外国人労働者受け入れ」は事態を解決しない
 アジア全体で始まる生産年齢減少に備えよう
第9講:ではどうすればいいのか1 高齢富裕層から若者への所得移転を
 若い世代の所得を頭数の減少に応じてあげる「所得1.4倍増政策」
 団塊世代の退職で浮く人件費を若者の給料に回そう
 若者の所得増加維持は「エコ」への配慮と同じ
 「言い訳」付与と「値上げのためのコストダウン」で高齢者市場を開拓
 生前贈与促進で高齢富裕層から若い世代への所得移転を実現
第10講:ではどうすればいいのか2 女性の就労と経営参加を当たり前に
 現役世代の専業主婦の4割が働くだけで団塊世代の退職は補える
 若い女性の就労率が高い県ほど出生率も高い
第11講:ではどうすればいいのか3 労働者ではなく外国人観光客・短期定住客の受入を
 高付加価値率で経済に貢献する観光収入
 公的支出の費用対効果が極めて高い外国人観光客誘致
補講:高齢者の激増に対処するための「船中八策」
 高齢化社会における安心・安全の確保は第一に生活保護の充実で
 年金から「生年別共済」への切り替えを
 戦後の住宅供給と同じ考え方で進める医療福祉分野の供給増加

タイトルとURLをコピーしました